Vol.2 歓楽街の陥落、そしてその後

文_鈴木涼美
2019.11.11

毎日多くの人が行き交う街、歌舞伎町。
あなたは、この街にどんな印象をお持ちですか?
毎月更新のこのコラム企画では、歌舞伎町になじみある人物に街への愛を語ってもらいます。

第2回目は、元AV女優であり、作家・社会学者の鈴木涼美さん。
実際に、歌舞伎町で働き、暮らし続けたこともある彼女が抱く、この街への思いとは?

JR新宿駅の東口を出たらそこが大遊戯場と歌われたのもすでに20年前のその街では、かつて身体とかココロとか呼ばれるもの、或いは自尊心とか性とか希望とか愛とか呼ばれるものが花火のフィナーレみたいにジャンジャン売り払われて、荒々しい社会から爪弾き(つまはじき)になった者にも一瞬の存在意義を与えてくれるような、そんな浮世離れした場所だったらしい。

 新宿という都市を、外国や地方都市から来る人間はどうも把握しがたい。駅西側にはバブルの象徴みたいな高層ビルが並び、現実世界で幾ばくかの成功を持つ堂々と生きる社会人が住むのに対し、駅東側はコリアンタウンの手前まで、現実世界から逃げる理由のある人を受け止めるエリアでもあるから。

 私が15年前にその街に流れ着いた頃は、東洋一なんて言われていた賑わいはすでになく、昼間に歩けばところどころ腐敗臭がして、深い夜ですら脇道のネオンはまばらで、仄暗い夜明けの寂しさは、東京という都市の衰退を象徴しているかのような光景だった。だからといって、街の持つ引力が全く消え失せたのかと言えば逆で、そんな荒廃した姿だからこそ、どうしても必要とする人や時があったと言っていいのだと思う。

22歳、歌舞伎町で暮らし始めて

 初めて歌舞伎町に暮らしたのは22歳になった頃だった。学生という身分は捨てられないまま、かといって若くて過剰な自意識は日々の授業や課題図書でやり過ごすにはあまりに飛び散っていて、膨大な暇と世界への過度な期待は私を次第に夜の世界に引き摺り込んでいた。夜の世界は取り急ぎの居場所を確保したい人間にとってはとても便利で簡単な場所だけれど、そこへ行き着いただけで満たされることはなく、だから引き摺り込まれた後にもなんとなく身の置き場のない不安は抱え続ける。

 歌舞伎町は自分の人生や生活というものを一旦棚上げにしてなんとなくの毎日を忙しく過ごせる魔力があった。本来であれば日常が平坦なものだと受け入れることこそが大人になるということなのだろうけど、そんな退屈なわりには忙しない日常を放棄した罪悪感を一定期間でも忘れられることは私にとっては何より救いのあるものだった。事実、15年前、9年前、5年前と計5年ほど歌舞伎町に暮らしていた私の生活は荒んだものでありながら、不思議な開放感と安心感に包まれていたのである。

 15年前、まだ広場の前にはコマ劇場があり、いくつかの汚い映画館があり、ホストの客引きも深夜営業も日常的に見えるものだった時、私はそれまで暮らしていた横浜の関内から、一人の男の後を追って歌舞伎町に足を踏み入れた。男の働く店からタクシーで5分のマンションには自分より荒んだ生活を送る男女がいて、郵便受けに重要とか親展とか書かれた郵便物が入りきらないほどたまっても、集金に来る業者を居留守で無視しても、親に連絡しなきゃと思う気持ちだけ数週間持ち続けて実行しなくても、日々はきちんと明けて暮れていき、町に入ってしまえばそういった俗世の面倒とはまったく違う心配事や焦りやちょっとしたアジェンダで時間が埋まり、それは9年前や5年前であっても大差のないものだった。

みんなが共犯となり、作り出された街

 歓楽街や繁華街というとそこで働く人にとってのみそこが日常で、訪れる人へ非日常としてのつかぬ間の時間を提供するようなイメージがある。歌舞伎町の独特なのは、そういった側面がごく一部あるものの、訪れてお金を払うお客たちもみんな共犯となって街の文化を作り出してきた点だった。ホストクラブの客は売掛なんていう独自の通貨を使うようになり、店のルールに黙ってしたがい、客同士のマウンティングに忙しく、希望と現実の間に慣習をつくっていく。銀座や六本木であまり見られない、男性客によるキャバ嬢のためのバースデーイベントやシャンパンタワーができるのも、街が用意するルールが訪問客すら取り込んで膨れ上がってきた証拠なのだ。

 私はその街で稼ぐ者でもあり訪問客でもあり住民でもあったのだが、例えどれか一つが欠けていたとしても、歌舞伎町の当事者としての意識があったように思う。風林会館あたりを中心に、大通りまで広がったその大して大きくもない区画には、明らかに外と共通しない、明文化すらされない規則が山ほどあった。歌舞伎町で評価されるのは客であっても、もてなす側であっても、区画内のヘアサロンでメイクをした街好みの者だし、実社会の立場や成功が通用しないし、自分が求めた何かを探しに行くのではなく、街に入り込んで街が求める姿になっていかなければ、街の持つ本来の魔力の恩恵には預かれない。

 歌舞伎町のホストに通う女の子たちが面白いのは、稼いだから、お金があるから、ぱーっと使いたいからそこに現れるのではなく、まず現れてお金を使い、そこからお金をつくるようになる点だ。飲んだら稼げ、稼ぐ前にまず飲め。そんな実社会の有り様と違う慣習は、いつの間にかそこが余暇やアフターファイブを過ごす場所ではなく、生活そのものになっていくとても危険な劇薬でもある。だから沢山の人が手を入れて、街を清掃し、危険を除外し、今では空からゴジラが覗く。

でもそれが? 外から見ていくら変わっても、陥落して見えても、クリーンに見えても、安全に見えても、街の持っていた性質自体は形を変え、場所を移動し、時には隠れながらも保存される。だからこそ、今は歌舞伎町でしか生きられない、と思ってそこにとどまる人がしっかり今日も生きているのだし、その人たちをこの街の外へ引っ張り戻すことが、どんな圧力をもってしても簡単にはできないのだ。

鈴木涼美

社会学者、作家。慶應義塾大学環境情報学部在学中にAVデビュー。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了後、日本経済新聞社へ入社。著書に『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎文庫)、『オンナの値段』(講談社)、『女がそんなことで喜ぶと思うなよ〜愚男愚女愛憎世間今昔絵巻〜』(集英社ノンフィクション)など

歓楽街の陥落、そしてその後

text:鈴木涼美
illustration:藤岡詩織
photo:阪元祐吾,村田征斗

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