【Story】Vol.4 ぼくたちがひかりだった頃

文_マヒトゥ・ザ・ピーポー
2019.12.26

毎日多くの人が行き交う街、歌舞伎町。
あなたはこの街に、どんな思いを抱いていますか?

毎月更新のこのコラムでは、歌舞伎町になじみある人物に街への愛を語ってもらいます。

第4回目は、オルタナティブ・ロック・バンド、GEZANのフロントマンでありながら、作家としても活躍するマヒトゥ・ザ・ピーポー。歌舞伎町でもライブをおこなっていた彼が今抱く、この街への思いとは?

ライブハウスの分厚い扉の先に

 歌舞伎町がわたしたちの街だと呼べる頃が確かにあった。

 NATURE DANGER GANGやHave a Nice Day!といったバンドが新宿LOFTにホームグラウンドとして、わたしの所属するバンドGEZANもその企画に呼ばれ何度も出演していた。集まるメンツは一言で言えばぐちゃぐちゃで、ハードコアバンドからアイドルやヒップホップなどが混在したまま、カオスというキーワードの元で一つの夜を越えていた。

 週末になると終電が終わる頃に若者がぞろぞろと集まってきて、はけ口のわからないフラストレーションを発散するようにストロボの光の中で肉体をぶつけあわせ、モッシュやダイブを繰り返して存在を確かめあっていた。

 階段を降りて、チャージ料金を払い、ライブハウスの分厚い扉を開けると生乾きのような汗のこもった独特の匂いが迫ってくる。服にこぼれた酒、端っこで酔いつぶれて首を垂らし寝ているオタクのダサいファッション。乳をさらけ出す出演者に羨望し群がる男根。ド派手だがオシャレさはかけらもなく、欲望はむき出され散乱していた。同じ四つ打ちが流れていても渋谷の週末のクラブのそれとは様子が完全に違っていたが、カルチャーはおどろおどろしい色を吐きながら直立に狂信していた。

 そうやった挙句の朝方には通りにはカラフルな色彩の死体が積み上がり、潰れた安い缶ビールの缶がそのまわりに転がっていた。その横を化粧の剥がれかけたキャバ嬢のヒールの音が通り過ぎ、決まってケバい香水の匂いが後からついてきては鼻先に残った。

 カラスがゴミを漁り、破けた白いゴミ袋に集まってくる太りすぎのネズミ。魔法がとけたみたいに白々しい朝の光線は茶髪のホストの7対3でわかれた髪の毛の先端にあたり、直角に地面に落ちて、誰かが吐いたゲロすらも白日のもとに晒す。誰も見たくもないあれ、でも毎朝、誰かが掃除してるんだなあ。

 ホテルから出てきた風俗嬢に手を振るハゲ親父、そいつの顔面のホクロを凝視する。このおっさんは誰かの父親で、あの風俗嬢は誰かの娘だ。体温と金が交錯し、混乱している街、歌舞伎町。

 やはり当時は治安なんかは全然良くなくて、ライブ観覧も早々に切り上げ、外で永遠に喋っていたりするものだから、わかりやすいほどの修羅場も何度か目撃した。腹部が血だらけで、それを押さえながら交番に駆け込んでいく男や、明らかにドラッグの乱用を見て取れる女の視線。かくゆうメンバーのカルロスも一晩で7回職質を受けたという記録を持っている。

トシちゃんの手紙と、その後

 GEZANのライブにトシちゃんという名物おじさんがくるようになったのは大阪での火影というライブハウスでのことだ。彼は齢55歳で仕事をクビになった日に、人生勉強と思って生まれて初めてライブハウスに飛び込み、その扉を開けた瞬間にちょうど演奏していたGEZANと出会った。

 それからはどのライブも遊びにきて、遠征での初めての東京公演なんかも来ていたのを覚えている。不思議なリズムの取り方でライブを観戦し、感想も特別に音楽を聞きてきたわけでもないのに奇怪でやたらと筋がよく、たまに呆気にとられるようなこともあった。

「マヒトさんは世界を立体で見ているが他のメンバーは平面で見てる」

 トシちゃんのその感想に三人は真剣に悩んでいたりした。

 そのトシちゃんが再就職で、「もうライブに行けない」という手紙がある日突然我々のもとに届いた。お別れを言うこともできずにトシちゃんはライブハウスシーンから消えてしまった。その手紙には花束と、そして理由はいまだにわからないのだがタバコを自販機で買う時に使うトシちゃんの顔写真付きのTASPOが同封されていた。

 月日は流れ、我々はママチャリで新宿LOFTを目指していた。風俗店なんかが立ち並ぶ歌舞伎町のネオン街、風を後方に置き去りにするように自転車をこいでいた俺は急ブレーキをかけた。

「トシちゃん。」

 彼は風俗のキャッチをやっていたのだ。東京に来ていたことすら知らなかったからシンプルに驚き、我々は再会を喜んだ。

「よかったら寄ってく?」トシちゃんは元気そうに言ったが、ライブ前に立ち寄る場所でもないから、サヨナラを言ってその場を後にし、LOFTでライブをした。

 それぞれがそれぞれの方法で夜を越えている。

 夜はそれらすべてを包んで、そこに青春をみたい人たちの欲望を背負いこんでいた。代わる代わる光は入れ替わる。その青春が終わってもまた別の形でそれは用意される。時代が変われば、またかわりの誰かがスポットライトの下に立つ。

ここは、どんな光もないがしろにしない街

 あの頃。と言ってもたかだか五年ほど前の話だけど、あの頃を歌舞伎町を駆け抜けていたバンドのほとんどは方々に散ってしまった。来ていたお客さんも演者もどこかでその短命な寿命のこともわかっていた。それを知りながら、走ることを調整することなどできなかった。歯止めをきかせて方向を転換できたバンドは数えるほどしかおらず、それぞれの理由でバンドは崩れ、それとともに集まっていた若者たちは家路に着いた。

 その崩壊していく様は圧倒的に美しく、その一瞬の光を歌舞伎町はないがしろになどしない。どんな色だったとしても俺もちゃんと光と呼ぶよ。

 いつか「あの頃は無茶したよな」なんて言いながら、酒を飲むのだろう? 俺はその飲み屋にはいかない。無論、俺たちはハンドルを切った側のバンドだからだ。だけど、みんなまたどこかで会えたらいいよなとは思う。その時は同じ時代を生きた戦友と呼ばせてほしい。乾杯しよう。 それはまだだいぶ先の未来の話。俺もお前も。

プロフィール

マヒトゥ・ザ・ピーポー

2009年 バンドGEZANを大阪にて結成。作詞作曲をおこないボーカルとして音楽活動開始。
うたを軸にしたソロでの活動の他に、青葉市子とのNUUAMMとして複数枚アルバムを制作。
近年では寺尾紗穂のアルバムに参加するなど、コラボレーションも多岐にわたり、映画の劇伴やCM音楽も多く手がける。また音楽以外の分野では国内外のアーティストを自身のレーベル十三月でリリースしたり、ものの価値を再考する野外フェス、全感覚祭を主催。また中国の写真家Ren Hangのモデルをつとめたりと、独自のレイヤーで時代をまたぎ、自由なスタンスでカルチャーをつくっている。2019年2月に3rd album 不完全なけものを、4月に4th album やさしい哺乳類が連続してリリースされ、5月はじめての小説、銀河で一番静かな革命を出版。6月にはGEZANのドキュメンタリー映画 Tribe Called DiscordがSPACE SHOWER FILM配給で全国上映開始。バンドとしてはFUJI ROCK FESTIVALのWHITE STAGEに出演。

【Story】Vol.4 ぼくたちがひかりだった頃

text:マヒトゥ・ザ・ピーポー
illustration:北住ユキ
photo:村田征斗

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