【Story】Vol.5 いまのうちにコンビニの菓子パン、好きなだけ食べておきなよ

文_姫乃たま
2020.01.29

毎日多くの人が行き交う街、歌舞伎町。
あなたはこの街に、どんな思いを抱いていますか?

毎月更新のこのコラムでは、歌舞伎町になじみある人物に街への愛を語ってもらいます。

第5回目は、2019年に地下アイドルを卒業し、現在はライブイベントへの出演を中心にライターとしても活躍する姫乃たまさん。地下アイドル時代から、新宿に足繁く通っていたという彼女が今振り返る、この街の思い出とは?

あの日、あの夜。地下アイドルに出会った

歌舞伎町がわたしたちの街だと呼べる頃が確かにあった。

「10年前の自分に会ったら、なんて声をかけたいですか?」

他愛もない質問を、他愛もなくされた。

ありふれた質問のわりに、“何年前の自分”と言われるといまいちイメージがぼんやりして、いつもぱっと答えがでない。

でも10年前に限っては、どの日の自分かはっきりと思い出せる。

あの日、私は新宿ロフトプラスワンの階段をくだっていた。15歳だった。

友人からアイドルのライブに誘われて、なんとなく「モーニング娘。」を思い浮かべていた私は、会場のアンダーグラウンドな雰囲気に意外な気持ちになっていた。

その夜、初めて地下アイドルのライブを観て、その後、私は地下アイドルになる。それから10年もの歳月を、地下アイドルとして生きるのだ。

その10年の間に「地下アイドルになりたかったんですか?」と百億回質問されたけど、そういうわけではない。

あの日に私が抱いた感情は憧れではなく、圧倒的な居心地の良さだった。

Perfumeの曲をカラオケでひとり流してコピーしているアイドル。椅子を振り回してオタ芸しているサラリーマン。

全くわからない。でも熱量と赦しが確実にあった。

まだ地下アイドルがライブハウスにも、マスメディアにもほとんど出られなかった頃。ほかのどこかなら弾かれてしまったであろう人たちが、歌舞伎町の中心、新宿ロフトプラスワンで生き生きしていた。

女子高生が地下アイドルになって、いきなり社会に出たので、新宿は私にとって社会の入り口でもある。

生まれは下北沢で、高校は広尾に通学していた。友人と遊ぶのは広尾周辺のエリアだったが、編集者の人たちが連れて行ってくれるのは決まって新宿だった。

地下アイドルをしながらエロ本で文章を書くようになって、最初に取材したのも偶然ロフトプラスワンだった。

あの日、地下アイドルのライブを観たステージは、コスプレの女性たちがゆるく取っ組み合うキャットファイトのリングに変わっていた。

それからエロ本が休刊になって編集部が解散すると決まった夜、編集部の人たちと風林会館で泣いた。ちょうど年末で、キャバレーの跡地であるパーティースペースでは派手な忘年会が開催されていた。

私たちのやけっぱちな笑い声と涙は、グラスを片手に談笑する人たちや、生演奏と踊り、舞台への歓声にかき消されて隠されていた。

誰もがフラットに歌い、踊れる街

忘れられない新宿での夜がある。

雑居ビルの中にある飲食店でライブを終えた私は、閉店後の店内で共演者や遊びにきていた友人たちと酒を飲んでいた。一本のギターが適当にまわされて、誰かが好きなように歌っていた。店のママはカウンターの中で無防備に歯を磨いている。

そこにふうっとホームレスのおじちゃんが入ってきた。

こんな雑居ビルの一室に、しかも閉店後に、誰の知り合いでもないおじちゃんがひとり。

あまりに自然だったので誰も何も言えなくて、何か言おうとした時には、おじちゃんはギターの演奏に合わせて踊っていた。

おじちゃんは私たちにも踊るようにジェスチャーをして、奏者が疲れてギターを弾くのをやめると不満そうに次の演奏をリクエストした。

おじちゃんのリクエスト曲は誰にもわからなかったので、みんな適当にギターを弾くしかなかったけど、曲名のない陽気な伴奏に合わせておじちゃんは楽しそうに踊っていた。

そして、たばこを買いたいから金をくれと言った。

私たちはみんな持ってるだけの小銭を渡して、おじちゃんは嬉しそうに帰っていった。

それから随分経って、私は偶然おじちゃんと再会した。渋谷のハチ公前だった。

おじちゃんは「おう」みたいな挨拶を聞き取れないくらいの声で言った後、片手を出して、たばこを買いたいから金をくれと言った。

めちゃくちゃに悪びれていた。

私も私でなんだかバツが悪かった。

なんかお情けみたいで嫌だったのだ。また、そういう風に周りから見られたら嫌だなとも思った。あの日はまた会う友達のように、適当にお金を渡す感覚だったのに。

異様な状況下に流れていたあのフラットな空気は、新宿の街が生み出していたのだと、その時気づいた。

傷つきたくないから目立ちたくないし人とも関わりたくないのに、いざ人の輪に入ると悪目立ちしてしまう。そんな風に漫然と生きづらさを感じていた私にとって、結局地下アイドルは適職だったと思う。

歌舞伎町もそうだ。自分の行動なんか影響しないほどエネルギッシュで賑やかな場所に居たい。そういう人たちを、この街は排除しない。

ハチ公前で見送ったおじちゃんの背中は、煮しめたみたいなボロのジャンパーに包まれて、小さく、かなしかった。

もし10年前の自分に会ったら。

あのロフトプラスワンの階段をくだっていく私の背後に立ったら、なんて言うだろう。

なんて声をかけたらいいかわからないけど、簡単に引き止められるはずだ。そしたら私は地下アイドルにはならないだろう。エロ本のライターにも。

このシーンは何度も回想した。でも肩に手をかける寸前でいつもイメージは途切れてしまう。

強いて言うなら、「いまのうちにコンビニの菓子パン、好きなだけ食べておきなよ」くらいかな。

それくらいしか言えることがないと、アラサーになった私は思う。

明らかに不審者だけど、あの歌舞伎町の空気感に免じて許してほしいと思う。

姫乃たま

1993年、東京都生まれ。10年間の地下アイドル活動を経て、2019年にメジャーデビュー。2015年、現役地下アイドルとして地下アイドルの生態をまとめた『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)を出版。以降、ライブイベントへの出演を中心に文筆業を営んでいる。

音楽活動では作詞と歌唱を手がけており、主な音楽作品に『パノラマ街道まっしぐら』『僕とジョルジュ』、著書に『職業としての地下アイドル』(朝日新聞出版)『周縁漫画界 漫画の世界で生きる14人のインタビュー集』(KADOKAWA)などがある。

ウェブサイトhttp://himenotama.com
Twitter  https://twitter.com/Himeeeno

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