【Story】Vol.6 さよならプロパガンダ、さよならミヤケさん

文_爪 切男
2020.02.28

毎日多くの人が行き交う街、歌舞伎町。
あなたはこの街に、どんな思いを抱いていますか?

毎月更新のこのコラムでは、歌舞伎町になじみある人物に街への愛を語ってもらいます。

第6回目は、自身の赤裸々な恋愛体験を綴った私小説『死にたい夜にかぎって』でデビューを果たし、作家として活躍中の爪 切男(つめ・きりお)さん。

かつての夜のパーティで出逢い経験した、この街の特別な思い出とは?

無関心と諦めが、必然を呼び寄せる

東洋一の歓楽街、新宿歌舞伎町のど真ん中に悠然とそびえ立つ風林会館。その5階にあるグランドキャバレー跡地「ニュージャパン」にて、『プロパガンダ』と呼ばれる日本最大級の女装イベントがかつて開催されていた。毎月最終土曜日の夜に行われるそのイベントには、多い時は400人ほどの来場者が全国各地から集まっていた。

LGBTに属する人、ニューハーフ、性的指向はノーマルだが趣味で女装をしている男性、単純に「女装カルチャー」に興味がある一般客。さまざまなセクシュアリティを持った人たちが、性別に囚われることなく思い思いの格好とスタイルを楽しめる自由なパーティ。それが『プロパガンダ』だった。

肯定も否定もせず「無関心」という優しさで、どんな人の存在も受け入れてくれる寛容な街。それが私の思う歌舞伎町の姿だ。この街に生きる人たちは他人のことなんてどうでもいいし、もっと言えば、自分の未来にさえ興味を持っていない人が多い気がする。そういう人たちにとっては、一年先のことを心配するよりも、今日という一日を楽しく過ごす方が大切なのだ。一種の諦めにも似た前向きさが歌舞伎町には溢れている。

おそらく、そんな街の雰囲気が、多種多様なマイノリティを歌舞伎町に引き寄せているんじゃないかと私は思う。『プロパガンダ』という性的マイノリティに関係したイベントが歌舞伎町で開催されていたのは、ある意味「必然」だったのかもしれない。

2013年の春、歌舞伎町のバッティングセンターで働いていた35歳の私は、日頃のストレス解消もかねて、ちょっとした社会見学のつもりで『プロパガンダ』の世界に足を踏み入れた。

ファッションモデルに見間違えるほど美しいニューハーフ、セーラー服を着たおじさん、可愛い三つ編みをしたボディビルダーの集団。フロアをちょっと歩くだけで、日常生活ではお目にかかれない未知との遭遇が私を待っていた。

いつの間にか、一緒に来た男友達とはぐれてしまい、私は一人寂しく会場の隅っこで酒を飲んでいた。そろそろダンスタイムなのか、DJがご機嫌なエレクトロ・ミュージックを会場に響かせ始めた頃、私の背後から野太い声がした。

「あの……よかったら一緒にお話ししませんか?」

私が振り向いた先には、徳光和夫によく似た顔のツインテールのおじさんが立っていた。

それがミヤケさんと私の出会いだった。

45歳のミヤケさんは、性的指向はいたってノーマルで、大人の趣味として女装を嗜んでいる中肉中背の典型的なおじさんだった。

昼間は西新宿で整骨院の院長を務めており、長年続けている柔道の腕前は黒帯クラスらしい。中学生になる二人の息子の父親であるミヤケさんが「どう? 似合う?」と初音ミクのコスプレ衣装を私に見せつけてくる。

「……サイズは合ってますね」

そう答えるのが精一杯だった。

『プロパガンダ』の常連客であるミヤケさんは、私のように場の雰囲気に馴染んでいないイベント初心者に声をかけては、その緊張を解いて回っているのだという。誰からも頼まれていないのにご苦労なことだ。

ところが、私とミヤケさんはすぐに意気投合することになる。そのきっかけは、二人とも映画が大好きで、特に『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』や『善き人のためのソナタ』に代表されるドイツ映画がお気に入りだったことだ。

ふと気が付けば、初音ミクの格好をしたツインテールのおじさんと、始発が走り出す時間まで映画談義に花を咲かせてしまった。悪くない夜明けだった。

映画よりも、“映画”な街で

2014年、新宿を代表する映画館である新宿ミラノ座が、その年の大晦日をもって閉館することになった。1000人もの観客を収容する大型劇場が歌舞伎町から姿を消す。それを悔やむ資格があるほどミラノ座に通い詰めていたわけではない私でも、悲しい気持ちで胸がいっぱいになった。

閉館を受けて、12月20日から大晦日までの間、500円で名作映画を観れる特別フェアが開催されることになった。

『E.T. 20周年アニバーサリー特別版』『セーラー服と機関銃』『荒野の七人』など、そのラインナップは映画ファンの心をくすぐる魅力的なものだった。

『プロパガンダ』は、開催場所を風林会館から新宿三丁目のキリストンカフェに変更して継続されていた。ミヤケさんとの出会いをきっかけに、私も毎月会場に足を運ぶ常連客になっていた。

12月、私はミヤケさんを初めて二人きりのデートに誘った。そう、ミラノ座の特別フェアに一緒に行きたいと思ったのだ。

「ミラノ座には若い頃から行ってたの。いろいろと思い出あるから、最後に行っておきたいな……。あ、あと」

エヴァンゲリオンのアスカのコスプレをしたミヤケさんはそう言って、遠くを見つめた。

「一度ぐらい女装して、ミラノ座で映画観たかったな……」

私は無性にこのおじさんの願いを叶えてやりたくなった。

「いいよ。ミラノ座も最後なんだから、ミヤケさんも自分の一番好きな服でサヨナラしようよ、どんな服で来ても、俺は逃げないから」

私の言葉を聞いたミヤケさんは無言で頷いた。

12月24日、クリスマスイブのお昼前、ルーズソックスにダボダボの制服を着た女子高生の服装に身を包んだミヤケさんが私の前に現れた。ミヤケさんの勝負服はJKだった。

私たちがチョイスした映画はジョン・ウー監督の名作『男たちの挽歌』だった。お互いにこの映画が大好きだったが、スクリーンで観たことは一度もなかったからだ。

大型スクリーンに映し出される『男たちの挽歌』は、ストーリーを知っているはずなのに、初めて観る映画のように新鮮な感じがした。何よりこんな男くさい映画を女子高生の格好をしたおっさんと一緒に観ていることが面白くて仕方がない。歳も格好も何もかもが違う二人が、同じ映画を観て、一緒に驚き、一緒に泣いた。

私が何より感動したのは、異様な格好をしたミヤケさんに何の嫌悪感も示さなかった劇場のスタッフ、そして観客の対応だった。これが歌舞伎町の優しさというやつか。

劇場を出て、外の光を体中に浴びて目一杯背伸びをする。私は、女装をしたおっさんと過ごす、この映画のような時間をまだ終わらせたくなかった。

「ミヤケさん、花園神社にお参りに行こうよ」

そして神社の帰りは、区役所通りのたこ焼き屋に寄り道して、一緒に熱々のたこ焼きを食べよう。猫舌のミヤケさんは嫌がるだろうな。

「ねぇ、どこかでプリクラも撮りたい!」と嬉しそうに駆け寄ってくるミヤケさん。ヒラヒラと風に揺れるスカートが何とも気持ち悪くて、最低で最高だった。

2020年、あの白日夢のようなミヤケさんとのデートから6年が経った。『プロパガンダ』は2016年に開催を終了し、ミヤケさんは家庭の都合で関西に引っ越した。それをきっかけに、私とミヤケさんはなんとなく疎遠になってしまった。

この文章を書くにあたって、私は久しぶりにミヤケさんに電話をかけてみた。昔は、TRFの『CRAZY GONNA CRAZY』の呼び出し音がやかましく鳴っていたはずなのに、私の耳に聴こえてきたのは、「お客様のお掛けになった電話番号は現在使われておりません」という無機質なアナウンスだった。

現在の歌舞伎町は、外国人観光客の増加や、街の風紀を整えるための条例が数多く施行されたことで、昔のような怪しい魅力を持つ街ではなくなった気がする。もし、私のわがままが叶うなら、歌舞伎町という街は、街の片隅、大通り、路地裏で映画よりも面白い出来事が起きる場所であり続けて欲しい。

なんなら、今度は私が女装をしてこの街を盛り上げてやってもいい。

爪 切男

作家。1979年香川県生まれ。東京都中野区在住。現在TVドラマが好評放映中の『死にたい夜にかぎって』が扶桑社文庫より発売中。只今、週刊SPA!にて『働きアリに花束を』、集英社WEBサイト「よみタイ」にて『クラスメイトの女子、全員好きでした』を連載中。トークショー開催、言葉を発しない変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

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【Story】Vol.6 さよならプロパガンダ、さよならミヤケさん

text:爪 切男
illustration:高橋将貴
photo:阪元裕吾

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