【鈴木涼美連載コラム】歌舞伎町のブンガクに誘われて“Vol.05 入境する街 ー異空間の流行と濃度”

文:鈴木涼美
2022.08.05

かつて歌舞伎町に住み、キャバクラ嬢として働いていた作家の鈴木涼美さん。
街の住人として、お客さんとして、作家として、あらゆる視点でこの街と接してきた鈴木さんが、歌舞伎町に混在するカルチャーを起点に、街へ思いを巡らせる連載コラムです。

第5回は、歌舞伎町の“流行”について。この街でしか流行らない「ファッション」がある理由とは?

Vol.05 入境する街 ー異空間の流行と濃度

歌舞伎町の男とどこか別の街で待ち合わせると、出会い頭にギョッとすることは多かったし、それは銀座や六本木など歓楽街を抱える街でも、渋谷や原宿など奇抜な流行が生まれる街でも、秋葉原や池袋など非現実的なファッションが往来する街でもそうだった。別に街を歩く他の人に比べてものすごく安い服を着ているわけではないし、競うようにエッジーな個性を争っているわけでもない。むしろ歌舞伎町の中に入ってしまえば一瞬で背景と化してしまうような、ある種の制服的な無個性とも言えるようなものなのに、外界で改めて目にすると、ああこの人は歌舞伎町の空気を纏っている、と見分けられる。そして逆に外から歌舞伎町の中に足を踏み入れた途端、それまで恵比寿や麻布では上等だと見做されていた自分の装いが、急に野暮ったく、場違いに思えて、今すぐ脱いで何かもっと違うものを着たくなる、そんなこともあった。だからと言って安易に安く下品な服を着ればそれはそれで見くびられるし、派手に装ったり露出をすれば良いというわけでもない。高級ブランドにしろ着こなしにしろメイクにしろ、歌舞伎町の価値観が作り出すコードとヒエラルキーをインストールすれば、自ずと選択は定まってくる。

「それカワノ?」「いやこれはカワノビルの地下。ジャケットはカワノ」なんていう会話は歌舞伎町の外で聞くと実に意味不明なのだけど、少なくとも一時代の歌舞伎町では必ずその意味するところが通じる、むしろ日常的によく耳にするものであった。KAWANOとは新宿3丁目にあるメンズの高級セレクトショップ、カワノビルの地下と呼ばれているのはそのB1フロアにあるマジックサンクというKAWANOよりややカジュアルなセレクトショップ。どちらも創業の長い由緒正しき老舗だが、独特のエッジの効いたスタイルが歌舞伎町の夜の男たちから長く愛され、それなりに成功して金銭的余裕のあるホストはカワノで衣類を揃えるのがステイタスのようになっていた。近年、ホストクラブの服装は急進的にカジュアル化し、またネットでの買い物が当たり前になってはいるものの、やはりカワノビル内の流行やセンスが歌舞伎町のセンスを決めるような現象は一部では依然としてある。

歌舞伎町の流行は感染力が異様なほど高いにも関わらず、やがて全国に波及していくような、かつて渋谷や原宿の若者たちが全国に送り出した流行とはまた様相が異なるように見える。何か世間で流行の兆しがあるものの一部を取り入れ、それをデフォルメしたり書き換えたりして加速度的に広がり、歌舞伎町の中がそれで充満する。それが街の外に漏れ出ていく形で広がっていくわけではなく、むしろ街から一歩外へ出たらそれが流行なのか個性なのかはいまいち分からないほど極端に閉鎖された状態で濃度が高まっていく。ジミー・チュウの星形スタッズのバッグやルブタンのトゲトゲの靴は、もちろん歌舞伎町が生み出したわけでも、日本で最初に歌舞伎町が取り入れたわけでもない。いつの間にか歌舞伎町の中の制服めいたものになっていた。日本に限れば、歌舞伎町風の装い以外の着こなしの難易度が上がるほどに歌舞伎町の色が塗りつけられてしまったアイテムすらある。アイコスが日本で発売された時に、急激に使用者が増え、むしろほぼ全員が持っている状態になったのは私の知る限りでは歌舞伎町が一番早かった。一つのキャバクラの中で全てのテーブルにアイコスが置いてある。そんな光景は外界では滅多に見ない。

ヴィトンのマルチカラーやクロムハーツのブレスレット、逆毛を目一杯立てた姫系キャバ嬢の天高く盛った髪やダミアーニのクロスネックレス、YSLやGIVENCHYのブランドロゴTシャツ、ルブタンの超ピンヒール、ラブレスのスウェット。2005年に創刊し、その後も版元を変えながら根強い読者を持つ雑誌『小悪魔ageha』は、歌舞伎町のキャバクラ嬢たちをモデルに据えたことで雑誌の個性は自ずと定まり、そのモデルたちがアイコンとなって立ち上げたRadyやEmiria Wizなど通販中心のブランドは、歌舞伎町の空気を各地のキャバクラ嬢などが気軽に纏うためにはうってつけだった。『Men’s SPIDER』などホストをモデルに採用した雑誌も一部で似たような役割を持っていた。遊郭時代の吉原で、花魁たちが当時の呉服屋にとって最高のミューズとなったように、歌舞伎町のキャバクラ嬢がトレンドの火付け役となる状況はインスタグラムなどが普及したことでより顕著になる。ただし、彼女たちのファッションを外界の者がそのまま模倣しようとすると、なぜか外の空気との齟齬に居心地が悪くなる。個別のアイテムを買ったとしても、装いをそのまま真似るのは、キャバクラの中や地方の歓楽街など局所的には可能でも、なぜか難しい。言い方を変えれば、歌舞伎町の中と外と往来する日常を送っている者は、内向きと外向きで着るべき服を使い分けなければ、どちらかでいまいち居心地が悪いような事態に陥る。

それは二重の意味で意外な現象である。そもそも多様性こそ街の特色というくらいに、良くも悪くもあらゆる人に開かれている街で、なぜある種のコードを身に付けなければどこか居心地が悪いと感じるのか。そして外の世界で制服的価値観に馴染めなかった者こそが集まる街にあってなぜ制服的なほど濃度の濃い流行が充満するのか。よく見れば歌舞伎町のファッションは実に多様で、100%ユニクロのみという人も歩いているし、50代のクロムハーツ紳士のような人もいれば、標準的なスーツのサラリーマンもいれば、お人形を脇に抱えて白いストッキングを履いた女子も、最近では一角で目の周りを赤く塗ってドン・キホーテのTシャツをこぞって着ていた集団もいる。別に高級ブランドのキャバ嬢が多数派というわけでもなければ、カワノビル系のホストばかりでもない。それでもなぜか、ここで居心地の良い格好と悪い格好ははっきりとある。

これはおそらく街の中で醸成される独自の価値体系が、外の世界の価値観と全く別の形をしていて、それは街にいる者の内部へ巧妙にインストールされるからなのだろう。まるで一つの国のように、緩やかな礼節や約束事があり、人々がなんとなく信じている価値基準がある。別に何を着たっていいのだけど、これを着ているとより強く街に包摂されるという服が、この街の中の空気を吸うと自ずとわかる。そして所在なさを抱えて街に迷い込んだ人たちは、歌舞伎町の価値観をインストールすることによって、他の場所では居場所がないが、少なくともここでは大切にされる装いというものを身に纏っていく。それがある意味では外界よりも強固な制服のようになるのは、居場所を欲する人々の思いがより強いものであることを示しているのだろうし、それが外から見れば、独自のファッション文化を形成しているようにすら見えるのだろう。

鈴木涼美

作家。慶應義塾大学環境情報学部在学中にAVデビュー。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了後、日本経済新聞社へ入社。著書に『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎文庫)、『オンナの値段』(講談社)、『女がそんなことで喜ぶと思うなよ〜愚男愚女愛憎世間今昔絵巻〜』(集英社ノンフィクション)、『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(講談社)、『ニッポンのおじさん』(KADOKAWA)、『娼婦の本棚』(中公新書)、最新作に、初小説作品で芥川賞候補作となった『ギフテッド』(文藝春秋)など

【鈴木涼美連載コラム】歌舞伎町のブンガクに誘われて“Vol.05 入境する街 ー異空間の流行と濃度”

text:鈴木涼美
illustration:フクザワ
photo:MASH UP編集部

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