そうめん研究家・ソーメン二郎と声優・鈴村健一のそうめん対談<前編>~如何にして彼らはそうめんを愛するようになったか~

文:Captain&Me
2022.01.07

「そうめん研究家」として、日々そうめんの復権・普及活動にいそしむ男、ソーメン二郎。かたや、その美声でファンを魅了し続ける人気声優、鈴村健一。そんなふたりを結び付けたのは“そうめんへの熱すぎる愛”だった。今回は、「20代の下積み時代はよく新宿で呑んでました」と語る鈴村さんを、ソーメン二郎さんが週一でそうめんを提供している新宿・ゴールデン街の老舗『奥亭』に招いて、大好きなそうめんへの想いをあますことなく語り合っていただいた。“スキ”を追求するふたりのアツいトーク。前編ではふたりのそうめん遍歴について聞いた。

消えゆくそうめん文化を守るために

— ソーメン二郎さんは日本で唯一の「そうめん研究家」ということですが、誕生のきっかけは?

二郎:「ソーメン二郎」の名前を付けたのは2014年の春ぐらいなんですけど、実はこのゴールデン街で名付けたんですよ。

鈴村:そうなんですか。

二郎:そもそも僕がそうめん発祥の地である奈良県・桜井市の生まれで、いまは姉夫婦が六代目でやってるんですけど、親戚が「三輪(みわ)そうめん」というそうめんを作っていまして、母親もそこで働いていたり、僕も幼い頃から手伝っていたりしたんです。40年前のそうめん業界はお中元などが全盛期で、そうめんの仕事してる人はみんなベンツに乗ってました。

鈴村:へぇ~。

二郎:僕もお中元の発送とか住所の宛名書きを手伝ったり小学生のころからずっとやってて、年がら年中そうめんを食べてるって状況だったんですけど、お中元文化がなくなったりして、だんだん斜陽産業的なことになっていったんです。「ソーメン二郎」って名前をつけたのは7年前ですけど、その頃にはそうめんを作ってる職人さんたちが70代、80代で跡継ぎがいないのが全国的にも問題になって、あと5年もしたら廃業に追い込まれるって状況になってたんです。そうめんは夏しか食べないし、それを何とか年中食べる産業に改革しないと100年後はそうめん文化が日本からなくなるということがひしひしと分かって…。

そこで、東京にいて何かできることはないかなと思って。もともとイベントのプロデューサーをやったりしてるので、なんとかそういうノウハウを使いつつ、そうめんの復権活動ができないかなと思ってたんです。そういう話をゴールデン街で飲みながら「週刊SPA!」の友だちの編集者に喋ってたら、その編集者が「その話面白いね。じゃあ、立ち上がろうよ」って言ってくれて、「じゃあ名前を決めようよ」ってなって、あれこれ話しているうちに、夜中の2時か3時ぐらいに「ラーメン二郎」じゃなくて、「ソーメン二郎」で良いかって(笑)。

鈴村:そこに力点はあんまりなかったんですね(笑)。

二郎:まあでも「ソーメン二郎」って覚えやすいし、結果的にはこの名前で良かったなと思ってます。夜中の2時3時だったんですけど、その編集者が話をしながらもう原稿書いてるんですよ。

鈴村:え?

二郎:その記事を明日、「SPA!」のwebサイトにアップするってなって、それが「ソーメン二郎」スタートですね。だから、ソーメン二郎はゴールデン街生まれなんですよ。

— それからはどういった活動をされていたんでしょうか?

二郎:「SPA!」のwebサイトで記事が公開されて、最初は新聞社の取材が来たんですよ。多分、大手は全部来たと思います。

鈴村:めちゃくちゃバズってるじゃないですか。

二郎:その後はTVやラジオにも色々と出させていただくようになって、そうめんをいろいろアピールさせてもらいました。ほかにも幼稚園に行ってそうめんを作って食べてもらったり。食育っていう名目でしたが、実際は本当の手延べそうめんを食べてもらって、もうおいしいそうめんしか食べられない口にしてやろうっていう魂胆で(笑)。

鈴村:流石ですね(笑)。でも、確かに違いますもんね。大人になって、ちゃんとしたおいしいそうめんを食べた時は衝撃でした。

二郎:そうなんですよ。実はそこにギャップが生まれているんです。関西人は揖保乃糸とか三輪そうめんとか、手延べそうめんを幼い頃から当たり前のように食べてるんですけど、関東の方はそうじゃなくて、どうしても機械で作られた安くてリーズナブルなそうめんを食べているんですよね。だから、おいしいそうめんを食べてない人が多いってことに気づくんですよ。

鈴村:なるほどね。

二郎:それが僕にとっては衝撃だったんです。東京の人って三輪そうめんを知らなかったりするんですよ。テレビのディレクターの方も「じゃあ二郎さん、次は“さんわそうめん”の紹介お願いします」って言ってたりするんです。それがすごいショックで…。

鈴村:がっかりですね。

二郎:全国的に有名な揖保乃糸しか知られていないような状況があって、そうめんっていうものが一括りになってしまって、なんとなく“そうめん”を食べてるだけみたいな世界を変えなければいけないなと思ってます。クラフトビールとかウイスキーみたいにいろんな産地・種類があって、みんなが楽しめる世界を作らないとそうめんは本当に終わってしまうって、活動しながらすごい危機感を感じています。それで、いろんな種類のそうめんがあるんだよって紹介したり、年中食べてもらうためのレシピを作ったり、新しい流通に乗せていくとか、ネット通販でやるとか、いろんなコラボしたりとか、活動の幅をいろいろ広げていったんです。そのうちの一つとして、飲み歩いてる途中でそうめんが食べられるお店があったらいいなと思って、僕が25年通っているゴールデン街の『奥亭』さんをお借りして、毎週日曜日に手延べそうめんをお出ししているんです。

鈴村健一のそうめん遍歴

— 鈴村さんもそうめんはお好きだったんですか?

鈴村:子どもの頃から好きですね。僕が子どもの頃はお中元文化がまだあって、家には常にそうめんがあった感じです。だから、何かあればそうめんを食べてました。普通はつゆをつけて食べると思うんですけど、つけないで「素のままで食べるのが好き」みたいな、変な子どもでした。子どもの頃はあまり意識しないで食べてたんですけど、揖保乃糸ブームみたいなのがあった時にちゃんと食べたら「そうめんって味が違うんだ」って思って。それが意識した元祖だった気がします。

僕、高校生の頃は調理師になろうと思って、小さいフライパンを買ってもらって毎日オムレツ作る練習したりしてたんです。その頃、友だちが「声優になりませんか?」って書かれた新聞の切り抜きを持って来て「オーディション受けに行くけど、行く?」って誘われて。それで、行ったら僕が受かって友だちが落ちて、結果声優になるんですけど、その調理師になろうと思ってた時に「食べ物とは何か?」、「味の違いとは?」ってことに凄く意識を持って、かぶれてた時期があるんですよね。そんな時に「そうめんも種類によって味が違うな」と思ったのはすごく覚えてます。「細さが違う」とか、「冷麦とは違う」、「手延べと切った麺ではこんなに違う」みたいなことを友だち相手に熱弁を振るった気もします。でも、そうめん知識みたいなものはそこで止まってました。たまにおいしいそうめんを頂いて食べたりすると衝撃を受けたりはしてましたけど、それは大人になってからですね。

二郎:ちゃんと冷や麦が手延べじゃないって分かってるところがすごいですよ。冷や麦は切ってるけど、そうめんは手で延ばしてるんです。普通の人は知らないですから。

— 夏はご自宅でそうめんですか?

鈴村:僕は年中食べますね。冬だろうがなんだろうが、普通にそうめん食べます。うちは夫婦でそうめん好きなので奥さんも一緒に食べますけど、ここ数年で劇的に進化したのはソーメン二郎さんとの出会いのおかげですね(笑)。最初に僕のラジオにご出演いただいたときにお土産で吉野葛のそうめんをいただいたんです。それを食べて夫婦で「これ、なに!?」って衝撃を受けました。

二郎:三輪山勝製麺さんの手延べそうめん「一筋縄」ですね。普通のそうめんは小麦・水・塩・油で作ります。練った小麦の塊を延ばして麺にしていくんですけど、その段階でくっつかないように油を塗らなければいけないんです。でも、油を使うと酸化するのでどうしても酸化臭がしてしまうんです。それを小麦の香りと間違ってたりする人もいるんですけど、実は酸化臭なんです。職人さんとしてはその酸化臭をなくして、小麦本来の風味を表現したいというのが究極の悩みなんですよ。では、その油を使わずにどうするかと言うと、吉野葛を油の代わりに手で塗って延ばすという、人力の大変な作業をやるんです。でも、それをやると全然違う。「トゥルン」って喉を流れていくそうめんができるんです。

鈴村:あれはびっくりでした。ソーメン二郎さんの前で言っていいか分からないですけど、実はうちの奥さんはまさにその酸化臭がちょっと苦手で、冷麦の方がクセが少なくて好きって言ってたんです。でも、その吉野葛で延ばしたそうめんをいただいて食べた時に、「これはおいしい!」ってうちの奥さんも大感激でした。

そうめんで地域性を味わう

— そこからそうめんにドハマリした感じですか?

鈴村:実は、二郎さんに出会う数年前に、半田そうめんに出会ってました。

二郎:徳島の極太そうめんですね。

鈴村:徳島でアニメのイベントをよくやってるので、当時は知らずに「あ、こんなそうめんもあるんだ」って買って帰って、その日のうちに食べたんですけど、それも「これはなんだ!?」って夫婦でひっくり返るぐらい美味しくて。「うどんでもないし、確実にそうめんだけど食べたことがない!」って、すぐに食べ終わっちゃって、その日に(ネットで)ポチりました(笑)。それからそうめんが特別になって、そうめんを調べるようになりましたね。奈良でイベントがあった時に、三輪大社の入口のところにあるそうめん屋さんに行ったりして。

二郎:鳥居の横の『そうめん処 森正』さんですね。

鈴村:そこで食べたそうめんもめちゃくちゃおいしくて、その時も三輪そうめんを買って帰りました。そうやって、「そうめんって揖保乃糸だけじゃないんだな」って気づいたり、半田そうめんに出会ったり。そうやっていろいろ食べ比べていると、点だったそうめん知識がちょっとずつ繋がっていって、そうめんの違いを楽しんでますね。

二郎:三輪そうめんは奈良県。揖保乃糸は兵庫県。小豆島そうめんは香川県。島原そうめんは長崎県。半田そうめんは徳島県。地域ごとにいろんなそうめんがありますよね。一番古いのは三輪そうめんで、1200年の歴史と言われていて、揖保乃糸はその子ども、半田そうめんは孫なんです。とはいえ、どちらも400年近い歴史がありますけどね。

鈴村:おもしろいですね。

二郎:食文化として、うどん・そばよりも実は歴史があるんです。

鈴村:お雑煮って常に話題になるじゃないですか。地域で味が違う、出汁が違う、「餅にあんこが入っているところもある」とか、「味噌でいくの?」とか。そうめんって、それと同じ匂いがしますよね。

二郎:奈良県ではお雑煮に入っているお餅をキナコで食べますね。そうめんは大衆文化のなかで生まれた家庭料理なので、家庭それぞれでそうめん文化が細かくありますよね。ただ、だから専門のお店が少ないってことにもなるんです。家でみんなでワイワイ食べるものに外食で1,000円出すって難しいですよね。

鈴村:確かにそうですね。

二郎:そこが悩ましいところなんです。さらに、悩ましいのはお中元でいただいても食べないで一年放置してたりするんですよ。そこで、そうめんを買って返してくれたらいいんですけど、貰いっぱなしだったりするでしょ。自分のお金でそうめん買ったことない人が多いんですよ。専門店がほぼなくて、家庭だけでそれぞれ食べてるっていう非常に極めて独特な文化なんです。

鈴村:なるほどね。

(そうめんの可能性を探る<後編>へ。オリジナルそうめんも登場します!)

ソーメン二郎(そうめんじろう)

そうめん研究家。奈良県・桜井市生まれ。メディアを通じてそうめん普及活動を行う。著者にそうめんレシピ本『ラク旨!無限そうめんレシピ』(扶桑社ムック)、そうめん絵本『そうめんソータロー』(ポプラ社 岡田やすたか作 ソーメン二郎企画・原案)がある。義理姉夫婦が「三輪そうめん植田製麺所」を奈良県桜井市で経営する。

そうめんBAR

ソーメン二郎の「そうめんBAR」は、毎週日曜日(13時〜18時)、月曜日(19時〜23時)に新宿歌舞伎町ゴールデン街(1番街「奥亭」)で営業中。営業日・営業時間に変更がある場合がありますのでツイッター@somenjiroをご確認下さい。

鈴村健一(すずむらけんいち)

声優、ナレーター、アーティスト。大阪府生まれ。1994年、TVアニメ『マクロス7』モーリー役でデビュー。主な代表作に『銀魂』(沖田総悟)、『銀河英雄伝説 Die Neue These』(ヤン・ウェンリー)、『鬼滅の刃』(伊黒小芭内)など。2021年11月24日には7年半ぶりのフルアルバム『ぶらいと』をリリース。

鈴村健一 LIVE TOUR 2022 “ぶらいと”

11月24日発売の4th Album「ぶらいと」を引っ下げた、約5年ぶりとなるライブツアーの開催が決定。

<大阪公演> Zepp Namba
2022年2月5日(土) 17:00開場 / 18:00開演
2022年2月6日(日) 16:00開場 / 17:00開演

<愛知公演> Zepp Nagoya
2022年2月20日(日) 17:00開場 / 18:00開演

<神奈川公演> KT Zepp Yokohama
2022年2月26日(土) 17:00開場 / 18:00開演

そうめん研究家・ソーメン二郎と声優・鈴村健一のそうめん対談<前編>~如何にして彼らはそうめんを愛するようになったか~

text:Captain&Me
photo:落合由夏

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