【KABUKICHO PEOPLE】 Vol.1 「人の顔を見て話ができる店が好き」20年以上歌舞伎町に通う映画監督・入江悠

文_鈴木梢
2019.09.20

22年目の告白-私が殺人犯です-」「ビジランテ」など人気作品の監督を務める入江悠は、埼玉・深谷で19歳まで暮らした。自身の代表作である「SR サイタマノラッパー」で描かれている街だ。

高校生になると東京に憧れて池袋に足を踏み入れるが、どうやら周りには埼玉の人間ばかりがいると気づく。埼玉県民にとって池袋はそういう街だ。池袋を知り、高校生活にも慣れたころ、新宿を訪れるようになった。

それからもう20年以上、入江は新宿・歌舞伎町の街を歩き続けている。

ありったけの欲望が交差していた街、歌舞伎町

歌舞伎町の喫茶店で、仕事をすることも多いそう。

自身の住まいも新宿から近いという入江は、取材の当日も「歩いてきた」と話した。座り仕事が多いこともあるが、彼は街や人を観察して歩くことを好む。

映画の世界を志す人間にとって、新宿は特別な場所だ。ミニシアターも含め多くの映画館を有する、映画の街。入江が東京で初めて映画を観たのも、新宿コマ劇場(新宿コマ東宝)だった。

「初めて歌舞伎町を訪れたときは、怖かったですよ。当時はホームレスや見るからにヤクザだとわかる人たちが普通に歩いていましたから。”殴られ屋”なんて人もいました。元ボクサーの人が、ストレス発散をしたいサラリーマンからお金をもらって殴られる。でも元ボクサーだから簡単には殴られないんですよね。もし殴ることができたら、全額返金してくれる仕組みだったらしいです」

入江が歌舞伎町に足を運ぶようになったのは、90年代後半。ピンクやイエローのネオンがギラギラ輝き、そこらじゅうの看板に包み隠さずありったけの欲望が描かれていた。そんな街を歩きながら、入江も欲望を滾(たぎ)らせていた。

「かつての歌舞伎町は、『自分にはまだ早いな』と思う街でした。だからこそ強く憧れた。エッチな裏DVDが売られている店を見て、大学生の僕は『いつか稼げるようになったら大人買いをしよう』なんて考えていました(笑)。いざ稼げるようになって来てみたら、もうそんな店はなくなってしまっていたんですけどね。あまりにも清潔な街になりすぎてしまうのは、やっぱりさみしい」

そんな ”かつての歌舞伎町” が失われたにも関わらず、今もなお訪れるのは、「人の顔が見えるから」。入江にとって歌舞伎町は、顔を見て人と話すための街だ。

「新宿ゴールデン街は、顔を見て話ができる店がいくつもあるのでよく行きますね。特に、『談SINGシネマ』という映画バー。映画好きのマスターがやっていて、お客さんも映画好きや映画関係者が多い店です。映画のサウンドトラックCDがとにかくたくさんあって、『あれ聴かせて』と言うと流してくれる。その店に行くときは大抵3軒目とかなのでかなり酔っていて、何を流してもらったか結局忘れちゃうんですけど」

空想と現実の間隙で

昼も夜も非日常が生まれやすい街、歌舞伎町。

映画監督を志した入江が、初めて仕事依頼されて撮影したドラマ「同期」(2011年、WOWOW)がある。その中で、歌舞伎町で撮影されたシーンが登場する。早朝の歌舞伎町で、刑事が事件の捜査をするシーンだ。

「撮影が早朝でも、仕事終わりのホストとかが集まって来ちゃうんですよね。でも、歌舞伎町の人たちが混雑を整理してくれて助かりました。今思えば、明らかにカタギの方じゃなかったような気がしますが。その様子を見て、『ああ、歌舞伎町はこんなふうに回っている街なんだな』と思いました。僕らが街中で見る小競り合いとかは大したことではなくて、もっと目に見えないところで秩序が守られているのかもしれないですね」

その撮影以来、入江は歌舞伎町で映画もドラマも撮っていないのだという。

入江の作品では、社会的弱者として扱われる人間の生活や、欲望が渦巻く人間模様が描かれることが多く、歌舞伎町が舞台になってもおかしくはないはずだが、何か歌舞伎町を撮らない理由があるのだろうか。

「かつて『新宿鮫』という、歌舞伎町周辺の人間模様を描いた作品がありました。でも東京の街はだいぶ画一化されてしまって、そういった“街の持ち味”のようなものを描くのがもう難しくなってしまった気がします。だから実際の街を舞台に撮りたいとはあまり思わなくなってしまったんです」

入江は続けて、「街そのものを舞台にするのではなく、空気や事象を切り取る形であれば撮影したい」とも話した。

「バッティングセンターとかラブホ街とか、猥雑さとかが感じられる場所で撮りたいですね。この前ラブホ街を散歩していたらちょうど事故があったようで実況見分がおこなわれていたのですが、そんな非日常的な風景が生まれやすい街じゃないですか」

入江が解説を書いた、島田雅彦の小説『英雄はそこにいる 呪術探偵ナルコ』(集英社文庫)の中で、歌舞伎町が水難にあう場面がある。マンホールから水が吹き出し、地下にたまっていた物が表出し、歌舞伎町のアンダーグラウンドが浮かび上がってくるというストーリーだ。

「もし、歌舞伎町の地下に誰かが住んでいて、何かのきっかけでその人たちが地上に出て来たらおもしろいですよね。歌舞伎町をそのままを舞台にするのではなく、そういうSFチックな映画にするなら、歌舞伎町で撮ってみたいですね」

すべての人々を受け止める場所として

昔ながらの路地裏があるのも、歌舞伎町の魅力。

街との付き合い方を変えながら、新宿・歌舞伎町を歩き続ける入江。その魅力はやはり、この街が今も多様性を受け止めてくれるからだという。

これからの歌舞伎町には何を期待するのだろうか。

「夢破れたり、つらさや苦しみを抱えたりしている人に干渉せず程よく受け入れてくれるような、歌舞伎町の ”闇” の部分は今後も残っていけばいいなと思いますね。

昔から日本は和洋折衷のように、複数のエッセンスをいいとこ取りをするのが上手じゃないですか。シネコンや新しい商業施設が増えることは良いと思います。でも同時に、かつての歌舞伎町がもっていた佇まいのようなものも残して、ハイブリッドな街になるのが理想的ですね」

入江悠

1979年生まれ。神奈川県出身、埼玉育ち。日本大学藝術学部映画学科卒業。埼玉県の田舎町に生きるラッパーたちを描いた「SR サイタマノラッパー」は、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2009オフシアター・コンペティション部門グランプリをはじめ数多くの賞を受賞。「22年目の告白-私が殺人犯です-」「ビジランテ」「ギャングース」など代表作多数。来春、最新作「AI崩壊」が公開予定。

【KABUKICHO PEOPLE】 Vol.1 「人の顔を見て話ができる店が好き」20年以上歌舞伎町に通う映画監督・入江悠

text:鈴木梢
photo:澤田聖司

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