【Interview】Vol.8 伝説のホスト・城咲仁、今だからこそ語る「愛本店」への想いとホスト業界の未来

文:佐々木ののか
2020.08.21

2019年12月のホストクラブ・愛本店には、いつもと異なる光景が広がっていた。

ひとつのテーブルに複数のグループが集められ、初見の者同士で親しくなる人たち。
事業が軌道に乗ったことを報告しにきた者、自殺せずに済んだ感謝を伝えにきた男性、現役の歌舞伎町のホストたち、かつての常連客である女性たち……。

彼ら彼女らのいずれもが、一人の男に会いに来ていた。
その男とは、愛本店ひいてはホスト界の伝説とも言うべき、城咲仁(しろさきじん)である。

2019年12月から1ヵ月限定でホストとしての復活を果たした城咲。愛本店の前身となる「クラブ愛」で5年連続No.1を維持し、ホストとしての栄華を極めたものの、2005年に芸能界入りしてからはタレントとしての活動に専念してきた。なぜこのタイミングで期間限定での復活をすることにしたのだろうか。

2020年6月に移転となった愛本店(旧:クラブ愛)にまつわる現役時代の思い出とともに、復帰の経緯やホスト業界の未来についても話を聞いた。

煌びやかな内装に、品のあるスーツ…一目瞭然の「別格」な世界

©TAKAMURADAISUKE
豪華な装飾が施された「愛本店」の内観。

城咲仁が愛本店に期間限定復活した経緯は、2018年10月に愛本店創業者・愛田武会長が亡くなったときまで遡る。

会長が存命のときから「歌舞伎町もホストが増えて大変だから、アイディアを貸してくれないか」とたびたび相談を受けていたという城咲。しかし、様々な事情が許さず、具体的なアクションを起こせぬまま、会長は他界。以来、「会長が生きているうちに恩返ししたかった」という想いが城咲の胸に楔のように残っていた。

そんな折、2020年6月の愛本店移転に際し、「直近の周年パーティーで起爆剤のような打ち出しをしてほしい」という打診を受ける。1日店長に意義を感じなかった城咲は「せっかくならとことんプレイしてみようか」と、2019年12月から1ヵ月間の期間限定で店に出ることを提案。こうした経緯で、“夜の1億円プレイヤー”が復活を果たしたのである。

城咲が愛本店に初めて赴いたのは、20歳を迎えた日だった。当時、バーテンダーとして働いていた店の常連客に連れられて行った愛本店の思い出を、城咲はこう振り返る。

煌びやかな内装に、品のあるスーツに身を包んでネクタイを締めたホスト。当時の僕のこともちゃんと立ててくれて、別格な店であることは、20歳の若造にも一目瞭然でした」

20歳になったばかりの青年は、ほどなくしてバーテンダーを辞め、ホストの世界に飛び込むことを決意する。

今以上に敷居が高く、店をカジュアルに利用する人も少なかった当時のホストクラブ業界において、全店あわせて400人ものホストが在籍。価格設定も、2時間制・数千円という当時の他店の相場をはるかに上回る初回金 1万円でありながら、客が絶えなかった愛本店は 明らかに「異質」だった。

給与システムも厳しく、指名がなければ収入がゼロというシビアな世界だったが、愛本店の圧倒的な魅力に惹かれて、人生を賭す覚悟を持って入店する若者がいても不思議ではない。

そんな唯一無二の店、愛本店に来る客もまた別格だった。当時の常連客には「義理人情があった」と城咲は言う。

「ホストを説教して憂さ晴らししても、僕たちがお客様に応えるかたちで仕事をしていると、その分をボトルなり、労いなりで返してくれる。お客さんを楽しませれば返してくれるとわかっているから喋りを本気で勉強するし、営業中以外でも自分を磨く。持ちつ持たれつというか、遊び方が粋なんですよね」

そうした常連客の気持ちに応えるべく、グループのリーダーの呼びかけで毎日ミーティングもしていたという。

「『その髪型、似合ってねぇよ』とか『飲んだときのあの喋り方やめろ』という基本的なことから『もう少し外に出ていろんなもの見て来いよ』とまで言ってくれる先輩もいましたね。悪い先輩もたくさんいましたけど、反面教師にさせてもらっていたという意味では、あのとき関わったすべての先輩たちのおかげで『城咲仁』が生まれたと思っています」

「歌舞伎町という街に『城咲仁』を覚えさせようと思った」

©TAKAMURADAISUKE

今となっては「伝説」となった城咲仁も、最初は何者でもない新人だった。

バーテンダー経験があった城咲は仕事の飲みこみが早く、入店して数日で先輩のヘルプとしてテーブルにつくことはできた。しかし、それだけでは食べていけるだけの収入にはならない。また、他店よりも2倍ちかい料金設定の愛本店には、指名をしないフリー客が来ることもほとんどない。つまり、何とかして「城咲仁」を気に入ってもらい、指名を多く受けることだけがホストとして生きていく唯一の道だった。

そこで、城咲が行ったのは、歌舞伎町という街に自分の存在を覚えさせることだった。

出勤の4時間半前に新宿駅に着き、さくら通りの入り口に当時あった自販機で一番安いビールを買い、一気飲みして街に繰り出す。それから、目が合う合わない関係なく、手当たり次第に自分の名刺を配り歩いた。

「みんなだんだん覚えてくれるんですよ。『仁くん、もう名刺もらってるよ。この前声かけてくれたじゃん』という人も増えてきて。怖い兄さんに絡まれたこともあるんですけど、最終的には仲良くなって1回お店に来てくれたこともある(笑)。歌舞伎町という街が自分を覚えてくれたという感覚がありましたね。城咲仁という、ずっと名刺を配っているホストがいることを」

そんな生活を毎日欠かさず続けたある日、城咲は入店からわずか2ヵ月で、愛本店のNo.1に上り詰める。それから「全国のNo.1」としてスターダムを駆け上がるまでもそう時間はかからなかった。一ホストが全国区の知名度を獲得したことについて、歌舞伎町の特性を挙げながら、城咲はこう分析する。

「城咲仁がバーンと有名になれたのは、歌舞伎町が盛り上げてくれたことも大きいと思います。歌舞伎町は当時からホストの聖地で、大阪や名古屋、川崎、横浜といった競合区には負けられないという街としての自負もあったんだと思います。城咲仁が歌舞伎町ひいては全国のトップであり続けられるために応援し続けてくれた」

ホストを引退してからは芸能活動に専念するため、歌舞伎町には意識して足を運ばなくなった時期もあったというが、2019年末の復活時にも街の人たちは「超温かった」という。

城咲の語る歌舞伎町からは、煌びやかな世界とは異なる、ふるさとのイメージを感じた。

「人を幸せにする楽園をつくりたい」

城咲がホストを始めて16年、芸能活動に移行してから10年が経ち、城咲も、歌舞伎町も、愛本店も変わった。

時代の移り変わりには対応していかなければいけないと城咲は言う。しかし、同時に、愛本店が守るべきものについても語ってくれた。

「(会長の)愛田武さんがいなかったら、今のホスト業界はないかもしれないですよ。愛本店には、そのくらい、守らないといけないものがある。たとえば、元々は生バンドがあって、ダンスフロアもあって、お客様とホストが社交界のように踊って、『今日はうまく踊れたからシャンパン1本降ろそうか』とか、そういう艶があった。カラオケやシャンパンコールに逃げることもできなくて、喋りだけで勝負しなければいけなかった。ホストとしての矜持というか、基本的なことは守っていってほしい」

ホストのあり方についての話になると、それまでの穏やかなトーンから一転。緊張感のある表情で、「ホストにはハートと生き様以外に大事なものはない」と語り、「歌舞伎町のホストにはもっと歌舞いてほしい」と語調を強めた。

「ホストってすごく理不尽じゃないですか。女性にお金を出してもらって、生計を立てて、着こなしを良くして、金持ちになろうっていう、ホストなんていう職業はふてぇ野郎なんですよ、僕からすれば。でも、それがどうして成立しているかというと、相手の女性を癒して、感動させているからなんですよね。単にやさしくするということではない。極端な話で言えば、待ち合わせに来ないとか、とんでもないことをしても、女性が『その人との時間がほしい』と思えるくらいに“何か”を返しているかどうか。僕が入った時代には、そういうゾクゾクするようなホストがたくさんいたんですよ 」

期間限定の復活で、ホスト業界の現状を知った城咲。今後、ホスト業界に関してやっていきたいことについて聞いてみると、こんな風に答えてくれた。

「僕がやっていきたいのは、ホスト業界の底上げですね。ホストはあくまで通過点であって、その先に経営者なりタレントなりといったセカンドキャリアがあることを意識していないがために転落してしまうホストが多い。ホスト業界には労働組合もないので、ホストを経験した人が世の中に認められて、その後も活躍できるような世界をつくれるなら協力したいと思っています」

ホストを辞めた後のセカンドキャリアまでを見据えて労働組合をつくりたいと、現実的な仕組みづくりについて話してくれた城咲。しかし、最後は「楽園」という言葉を用いて、将来のビジョンを熱く語ってくれた。

「もう少しミクロなところで言うと、人を幸せにできる楽園『ホストサロン』をつくりたい。シャンパンタワーも、一気コールも、カラオケもなくていいから、本当に気の合う人間が集まれるコミュニティ。そんな『楽園』をつくれたらいいなと昔から思ってきましたし、ホストはそれを実現できる可能性を秘めていると思います」

テキストだけでは理想論のように聞こえてしまうかもしれない。しかし、そう語る城咲の言葉の力強さからは、楽園が未来で実像を結んでいると、感じずにはいられなかった。

©TAKAMURADAISUKE

2020年6月末、建物の老朽化に伴うビルの取り壊しにより、49年の歴史に幕を下ろした「愛本店」。現在は、新天地「荒生ビル4F」にて再スタートを果たした。

城咲仁

1977年9月23日生まれ。東京都出身。新宿・歌舞伎町の老舗ホストクラブ『クラブ愛』において5年間No.1ホストを務め、カリスマホストとしてブレイク。2005年、ホストを引退してタレントに転身。数多くのテレビ番組に出演し、俳優、ラジオパーソナリティなども務める。薬膳インストラクターや雑穀マイスター、ジュニアスーパーフードの資格を持ち、フードアドバイザーとして料理番組にも出演するなど、マルチに活動中。
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【Interview】Vol.8 伝説のホスト・城咲仁、今だからこそ語る「愛本店」への想いとホスト業界の未来

text:佐々木ののか
photo:川越まどか

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