【Interview】Vol.16 女優・橋本愛が語る新宿(前編)〜映画館に潜み、救われた10代の日々

文:永堀アツオ
2021.02.18

橋本愛、25歳。言わずと知れた日本を代表する若手女優のひとりだ。
実は彼女、新宿には深い繋がりがあるという。
それはスクリーンデビューを果たし、少しずつ歩み始めた頃にさかのぼる。
新宿は、10代の橋本愛にとってどういう街だったのか?
そして、仕事での出会いなどで少しずつ変化していく自分自身。
懐かしい記憶をたどりながら、当時を振り返ってもらった。
思い出の街でたたずむ姿とともに、前・後編の2回にわたって、本音が垣間見えるインタビューをお届けする。

新宿の安心感たるやなかったですね

— 本日は歌舞伎町周辺を歩きながら撮影しましたが、歌舞伎町を含めた新宿という街にはどんなイメージを持ってますか。

なんて言えばいいんだろうな……。雑多で少し危なくて、秩序がないというか(笑)。人間の本性を丸裸にして生きている人たちがいるというイメージですね。昔、そういうゴタゴタした邪気の中にいないと何か落ち着かないっていう時代がありまして。今はもうそういう煩雑な空気はお腹いっぱいになってしまって、あんまり足を運ばなくなってしまったんですけど、当時の新宿の安心感たるやなかったですね。

— (笑)その昔っていうのは何歳くらいの頃ですか?

高校生にあたる年齢の頃ですね。細かく覚えてないけど、16、17、18くらいかな……。

ドロドロした自分の感情に、ドロドロした街がすごく合ってた

— ちょうど映画『桐島、部活やめるってよ』や『Another』(ともに2012年)、朝の連続テレビ小説「あまちゃん」(2013年)で注目を集めてたころですよね。当時のどんな心境と新宿はマッチしてたんでしょうか。

その頃にディープな文化にすごい興味を持って。ロマンポルノやピンク映画を極めてたし、それ以外でもインディーズの映画とか、昔の映画をすごく掘り下げて観てて。K’s cinemaや新宿武蔵野館など、新宿のあらゆる映画館に通い詰めたんですね。それくらいドロドロした自分の感情に、ドロドロした街がすごく合ってた。今でも、昔の私みたいな人がここで生きているんだなと思うんですよ。私は今、ある程度、自然を感じるところ、光合成ができるようなところじゃないと(笑)、逆に生きられなくなったくらいに変化したけど、昔の自分みたいな人がずっと生き続けるためには、こういう場所がずっとあり続けなきゃいけないって思ってて。そういう乱雑な街並みと自然が混在している場所だからこそ、東京はいろんな人を受け入れられるんだよなと思ってますね。

— 何か覚えている出来事はありますか?

週刊誌に書かれたことをすごく覚えてますね(笑)。私、山下敦弘監督の作品が大好きだから。映画『もらとりあむタマ子』(2013年)を観に行ったんですよ。“すっごく、いい映画を観た!楽しかった”と思いながら映画館を出て。でも、当時は気持ちに波があったから、映画とは全く関係なく、急に憂鬱な気分になったんですね。ああ、もうやばい、何かに発散しないと死ぬと思ったから、帰り道で壁をがんって強く叩いてしまったんですよ。その様子を見られてて。めっちゃ恥ずかしいって思ったんですけど、週刊誌に“主演の前田敦子さんに嫉妬してる”って書かれたんですね(笑)。いや、もう、全然ちゃうわと思って。でも、わかってもらえないじゃないですか。記者の人は自分が知り得る情報内で組み立てるしかないから。

あの頃の私をひと言で表すなら、“新宿”だなって感じです(笑)

— 映画を観たという出来事と、壁を殴ったという出来事をつなぐストーリーは勝手に創作するしかないですもんね。橋本さんの内面や本音は絶対に分からないから。

100%間違ってるんですけど、周りの人たちはそこしか見えないから、それが真実として残るじゃないですか。週刊誌に誤った情報を書かれることもキツかったし、常に世間の目に晒されているっていう状況に耐えられるほど、まだ、この仕事に喜びを見い出せていなかった時期なんです。身辺環境もよくなかったので、どこにも居場所がなかった。映画館という場所が唯一、いろんな嫌なことを忘れられる場所だったんですよね。もちろん、演技の勉強にもなるし、一石二鳥だなっていう日々だった。その頃の心象風景は新宿ですよね。あの頃の私をひと言で表すなら、“新宿”だなって感じです(笑)。

— (笑)2013年に主演映画『さよなら、ドビュッシー』でインタビューした際は「精神的にも体力的にも限界で、家族や友達にも会ってなくて孤独を感じていてキツい」と言ってました。映画『俺はまだ本気出してないだけ』(2013年)と『くちづけ』(2013年)に続き、3ヵ月連続での撮影だったから。

自分自身も未熟で、愛を持って人と向き合うというやり方が分からなかったんですよね。だから、身近な人間関係がうまくいかなくて。それに、さっきも言った、人権や日常が剥奪される感覚と、この仕事をする覚悟が全然相容れてなかったし、そもそも演じることが、まだ心から好きになれなくて。同時に、自分に才能がないとも感じていた。好きでもなければ、才能もない。じゃあ、なんでやってるんだろうって。全てにおいて、いいことが1つもなかった感じでしたね。

— 撮影現場は映画館のような居場所にはならなかった?

現場の人たちは最高だったんですよ。でも、いかんせん、私がもうおかしくなっちゃってたから、私が現場にいるだけで迷惑をかけてしまうという意識がすごいあって。頭ではわかってるのに、体が勝手に動いちゃうっていう変なゾーンに入ってて。2〜3年くらいは、うまくいかなかったんですよね。大事な人たちに対して、人としておかしなことをしてしまう、迷惑をかけてしまう自分がいて。うわ、やだーって、空回りしてて……。

当時、よく通っていた思い入れある映画館という「K’s cinema」にて撮影。

映画館にいるっていうことが最重要事項だったんだなと思いますね

— 映画館は一人で映画を観てるのが良かったのかな。

そうですね。家っていう場所が居心地悪かったから、本当に映画館にいるだけで良かったんです。だから、実は、本数的には結構観たと思うんですけど、全然内容を覚えてなくて。映画を観てるっていうことが重要だったんだなっていうか、映画館にいるっていうことが最重要事項だったんだなと思いますね。

— なぜポルノ映画だったんですか。

なんでなんですかね。石井隆監督の『人が人を愛することのどうしようもなさ』のDVDを観て、映画に対して興味が湧いて。ディープでドープな作品ってなると、そこに辿り着いたっていう。

— 黒沢清や周防正行、相米慎二、森田芳光、滝田洋二郎らもピンク映画出身ですもんね。

『ここは退屈迎えに来て』(2018年/主演)の廣木隆一監督もそうだし。今はメジャーな映画を撮ってる人が、こんな世界観を撮ってたんだっていう面白さや興味があったし、もう1つ、自分のアイデンティティーを確立するっていう側面もあったんですよね。誰も観てないだろう、これっていう。みんなが知らない世界を知っていることに意義を見出していたというか。それこそ、才能ないって悩んでたから、そういうところでなんとか必死に頑張ろうとしてたのもあった。

現場で出会った監督さんや助監督さんが、本当に映画が好きな人たちだったんです

— 先ほどは”好きでもないし、才能もない”って言ってましたけど、好きになろうとはしてた時期でもあるんですよね。2013年の目標を聞いたときに「今年からちゃんと芝居を愛そうという感情が芽生えてきた」とおっしゃってましたし。

そうですね。現場で出会った監督さんや助監督さんが、本当に映画が好きな人たちだったんですね。そんな人たちが好きだったから、自然と映画っていいなって思うようになったし、いっぱい映画を観ていれば、演技が上手くなるかなっていうのもあったし(笑)。でも、それで上手くなることはなかったけど、自分でも面白い時期だったなって思いますね。

— ピンク映画だけじゃなく、古い映画も観てましたか?

そうですね。いろんなところからチラシを集めてきて、裏の上映スケジュールを見て、自分のスケジュールを組み立てて。当時、新宿の映画館でジョン・フォード監督特集をやってて。『駅馬車』(1939年)を観たんですよね。すごくいい映画だったなっていうのは感覚として覚えているんですけど、それよりも馬の肉体美とか、走ってる映像の躍動感に魅せられて。馬ってすごくない?と思って。映画を観て、馬を好きになったっていうことを強烈に覚えてます。

— たくさん観た中でハズレもあったんじゃないですか。でも、自分の中の好きなものと嫌いなものを明確にしていく時期でもあったのかな。

それはありましたね。ただ、古い映画の場合、すごい監督や作品じゃないと特集されないじゃないですか。名作だっていうのがあらかじめ保証されてる作品を観ていたので、あんまり外れたみたいな経験はほとんどないんですよね。でも、新作とかインディーズ作品の場合は、まだ自分の判断基準が全く出来上がってなかったから、”これはどうなんだ?”っていう映画を観たときに、いいか悪いかは全く判別はつかないけど、なんか気持ちがざわざわするな、と思ったことはありましたね。ということは、自分にとっては、合わないんだろうなっていう判断基準が出来上がっていった時期だったと思います。だからこそ、いいものばかり観てたんじゃダメなんだなと思ったし、自分にとってはあんまり好きではない作品でも観る必要性を感じたりしてました。

— その鬱々とした不安定な日々からはどうやって抜け出したんですか。

自分の精神的成熟度も人並みに成長してきて、人間関係も改善されて。すごく素敵な人たちと巡り会うことができたんですよ。自分で選んだのかもしれないけど、身辺環境がよくなりましたね。

25歳までやってるかわからないって言ってたんですよね

— 二十歳を超えてから?

それくらいですね。二十歳になった瞬間も覚えてるんですけど、25歳までやってるかわからないって言ってたんですよね。

— ずっと言ってましたよ。『桐島〜』では、「お芝居を好きになろうと思えた」と言っていて、『ツナグ』(2012年)のときに「楽しさを感じた」と言っていて。だんだん、「人生をかけて役者をやろうと思えた」という発言も出てたんですが、『俺はまだ本気出してないだけ』(2013年)のインタビューのときも、「25歳まで続けているか分からない」と言いながら、でも、できれば「死ぬまで命をかける現場をいっぱい踏みたい」とも揺れてました。

なんか言ってましたね。本性は全然変わってないけど……。

私自身は、まだ中学生でいるくらいの気持ちなんですよ

— 本性は変わってない?ちなみに25歳の誕生日はどう迎えましたか。

何もなかったです。しがない誕生日でしたよ。ずっと領収書を整理してました(笑)。その25っていう数字も、キリがいいから口に出してただけで、本当に感覚なんですね。私自身は、まだ中学生でいるくらいの気持ちなんですよ。周りから見たら違うから、社会には迎合しないといけないけど、本体は全然、変わってないし、変わらない方がいいなと思う。でも、3〜4年前に、おばあちゃんまでというか、死ぬまでやるなと思って。そんなに簡単にやり続けられる仕事じゃないかもしれないけど、それを見通してやっていくなってなったのは……なんでなんですかね。

— 『ここは退屈迎えにきて』(2018年)の22歳のインタビューのときにはもう「自分の中におばあちゃんになっても続けてるイメージがある」と言ってました。

その1年くらい前かな。それまでは撮影現場が楽しいっていう感じだったけど、お芝居が楽しいっていう片鱗が見え始めて。それと、ずっと目先の夢ばっかりを追っていたけど、今は絶対に叶えられない夢を持てば、生きられるなと思って。それが結構、大きいかもしれないですね。

夢は世界平和で良くない?って思ってて

— その夢というのは口に出していい夢ですか。それとも、胸の内にしまっておくもの?

いや、世界平和です。なんの仕事においても、夢は世界平和で良くない?って思ってて。昔は無理だと思ってたんですよね。神の采配というか、宇宙の法則的に無理じゃんって。だから、やらないって思ってたけど、やれないと分かっててやる、というか。私が死ぬまでに世界平和が整うわけはないけど、そのために生きるっていうのが……なんか、死ねないな、これと思って。その上で、文化や芸術や表現がものすごい役に立つじゃないですか。

ひとりの考え方が変われば、その人が付き合ってる人の考え方も変わったり

— そう思います。文化や芸術が世界を平和にするために果たせる役割は絶対にあると思う。

そう、だから、自分の承認欲求とか、演技を褒められたいとか、いい作品に呼ばれたいとか、もうそういうことじゃなくて。ひとりの考え方が変われば、その人が付き合ってる人の考え方も変わったり、そういうふうに伝播していくじゃないですか。そこを狙えば、時間はかかるけど変わるじゃんって気づいてから、すごく有意義だなと思って。

— 世間とか社会全体ではなく、ひとりに向けてやるということ?

たとえば、自分が落ち込んで、過食症になってめっちゃ太っても応援してくれてた人たちとか(笑)。めっちゃいい人じゃんって思って。あはははは。みんな、顔ファンじゃないんだって思ったし、自分が好きじゃなかった頃の自分も好きでいてくれてるって、ものすごいことだなと思うんですよね。だから、一人一人のために作っていくっていう意識が出来上がってから、すごく心が健全になった気がしますね。

(後編に続く)

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橋本愛

1996年生まれ 熊本県出身。
現在、大河ドラマ初のヒロイン役を務める「青天を衝け」に出演中。
2020年12月『THE FIRST TAKE』にて『木綿のハンカチーフ』を歌唱し話題になり、2021年3月発売予定の『筒美京平トリビュート』に参加する。

オフィシャルサイト
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【Interview】Vol.16 女優・橋本愛が語る新宿(前編)〜映画館に潜み、救われた10代の日々

文:永堀アツオ
撮影:荻原大志
スタイリング:飯田珠緒
ヘア&メイク:ナライユミ

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