【Interview】Vol.20 山田孝之と山田佳奈が見つめ続けてきた、異種格闘技の街・歌舞伎町<前編>~10代の少年少女から現在へ

文:野上瑠美子
2021.06.23

日本を代表する俳優にして、その活動はすでにとどまるところを知らず、“表現者”として自由に、そして大胆に飛躍し続けている山田孝之。そして劇団「☐字ック」の主宰で、脚本家、映画監督など、気鋭のクリエイターとして注目を集めている山田佳奈。話題のドラマ『全裸監督』でそれぞれ俳優、脚本家として名を連ねるふたりだが、意外にも対談だけでなく、しっかり言葉を交わすのも今回が初めてだと言う。そんなふたりの対談<前編>では、10代のころから通っていたという歌舞伎町での思い出から、現在本サイトで連載中のコラム「山田佳奈の“徒然なるままに、新宿の片隅で人々は、”」まで、歌舞伎町を通したふたりの青春時代、創作への想いなどを語り合ってもらった。

— 新宿・歌舞伎町で思い出深い出来事は?

山田佳奈(以下佳奈):遡ると高校生のころ、新宿コマ劇場(※2008年閉館、現・新宿東宝ビル)の裏に大きなクラブがあって、毎月第1金曜の夜に、ドラァグクイーンによるクラブイベントがあったんです。それがすごく好きで、いつもゲイの友達やバンド仲間と一緒に観に行っていましたね。あとはロフトプラスワンで、個性派バンドが集まるイベントに参加したり。私、若いころはバンドと演劇ばっかりやっていたんですよ。高校生の時は、白塗りのテクノバンドなんかもやっていましたし。

山田孝之(以下孝之):へぇ、見たい!

佳奈:最終的には誰がスタジオを取るかでケンカして、解散しちゃったんですけどね(笑)。とにかく新宿や歌舞伎町にはいろんな思い出があります。

孝之:僕は中3の2学期が終わった時に鹿児島から上京してきて、3学期だけ吉祥寺の学校に通っていたんです。でももう卒業間近で、新しく友達をつくるって雰囲気でもないし、スカウトされて芸能の仕事はしていましたけど、そんなコンスタントに仕事が入るわけでもない。暇だし、友達もいないし、金も無いし。でも本当に数少ない友達のひとりが、コマ劇の前でストリートミュージシャンをやっていたので、ずっとそこにいましたね。朝方なんか、女の人がしゃがんで曲を聴いているんですけど、パンツが丸見えで。この人は気にしないのかなぁ?なんてことを思ったりしていました。

— 鹿児島から出て来たばかりの少年の目に、歌舞伎町はどう映ったのですか?

孝之:いや別に、これが東京なんだなって思いましたよ。外国人とか、夜の仕事の人とか、ちょっと怖い人とかがいっぱいいて。これは数年後の話ですけど、新宿でタクシーに乗ったら、運転手さんが「はぁ、はぁ」ってものすごく息を切らせていたんです。大丈夫ですか?って聞いたら、「いや、あのね、さっきね、私新宿にいましたら、血だらけのお客さんが乗ってきたわけですよ。それで『大久保に行け!』って言うから、大久保に行って、着いたら、『ここで待ってろ!』って言われて、待っていたんですよ。そしたらその人がでっかい刀持って戻って来て、『さっきいた場所まで戻れ!』って言うんですよ。で、戻って、今その人を下ろしたところなんです」って。

佳奈:(笑)。

孝之:なんかすげえなって思いましたね(笑)。

— 現在は安全なイメージもつきましたが、かつてはそんな映画みたいなことがあったんですね(笑)。佳奈さんは作品の題材に新宿や歌舞伎町を選ばれることもありますが、この街に惹かれる理由とは?

佳奈:なんか歌舞伎町って、ジャンルを問わない格闘技の街だと思っていて。

孝之:異種格闘技?

佳奈:はい。例えばこん棒で殴ってくる人もいれば、盾でずっと押し迫ってくる人もいるし、フランスパンで叩いてくる人もいる(笑)。この中で自分はどう戦おうかなって。なんか感覚を広げてくれる気がするんですよね。もちろんルールはあるんでしょうけど、自分の社会性における、いわゆる一般的なルールで考えたらいけない。例えば路上で女の子がふたりで寄り添って寝ていても、歌舞伎町ならあり得るなって受け入れられる自分がいるのに、近所で同じ光景を見たら、きっと驚いてしまう。それって勝手に自分でルール分けしちゃっているんだなって。そういうことを改めて気づかせてくれるところが私はすごく好きですし、創作する上では大切なことだと思います。これも歌舞伎町で出会った光景ですけど、ある日、米袋を自転車のハンドルカバーにして走っているおじさんがいたんですね(笑)。

孝之:(笑)。

佳奈:それを見た時に、なんで自転車のハンドルに米袋を巻くという発想になったのか。そこにすごくドラマがあるなと。雨も降っているし、ハンドルそのまま握るのは嫌だな……、よし米袋だ!ってなるまでのその人のルール。どういう生き方を経て、そこで米袋を選ぶに至ったのか。そんなことを考えるのが、すごく好きなんです。

孝之:歌舞伎町って、物書きにはヒントがいっぱいある街ですよね。ここまであると、逆に迷っちゃって書けない気もしますけど(笑)。

— 確かにノンフィクションがフィクションを軽く上回ってくる街ですから。作品の舞台にするには逆にハードルが高いのではないですか?

佳奈:そうかもしれないですね。

孝之:要素が多過ぎるんですよね(笑)。僕も本当、いろいろな人に出会いましたから。さっき話したストリートミュージシャンの友達のところに通っていたころ、僕と同じようにいつも見に来ている人がいたんです。それで話しかけたら、「実は僕、もともとこのバンドのドラムをやっていたんです」って、すごく有名な名前を出してきて。それからだんだん仲良くなって、その友達の家にも寝泊まりするようになって、「一緒に音楽やろう!」なんて話もするようになったんです。でもしばらくしたら急に来なくなって、どうしたのか友達に聞いたら、そもそもあのバンドをやっていたっていうのも嘘で、どこかから逃げて来た家出息子だったらしくて……。

佳奈:えーっ! じゃあ音楽もやらなかったんですか?

孝之:だってその人、ドラム出来ないですから(笑)。

佳奈:あっ、そっかそっか(笑)。

孝之:なんでそんな嘘をついたのか、当時はよくわからなかったんですけど、たぶん人に興味を持ってもらいたいとか、寝泊まりするところを確保したいとか、そういうことだったのかなって。それでああいう嘘を、平然とつき通せてしまうんだなって。

佳奈:日々いろんなことが起きる街なので、映画の撮影とかをしていても、無干渉な人が多い印象はあります。たださっき孝之さんと歌舞伎町で撮影をさせてもらった時、かなり多くの人が集まって来ましたよね。その時、やっぱり孝之さんくらいの人がいればああなるし、みんなまだまだドキドキしたいんだなって思ったんです。

孝之:なるほど。

佳奈:日常の中にいろんな感情があり過ぎて、少し鈍くなっているところもあるけど、まったく別の要素が入ると、あんなふうにまだドキドキ出来るんだなって。それは新鮮だったというか、私は新しい歌舞伎町の顔を見た気持ちになりました。

孝之:やっぱりなにかしらめちゃめちゃ求めているとは思うんです。でもなにを求めているかわからないから、こういういろんなものが混ざった、ぐちゃぐちゃな街に来るのかなって。これ(※新宿ミラノ座跡地に建設中の複合エンターテインメント施設)が出来たら、前の広場はもっとヤバいことになると思いますよ。なんか穴に落ちるみたいに、あの広場にスポンってはまっちゃう人がどんどん溜まっていきそう。

佳奈:どういう人が集まって来るのか、私も今から楽しみです。

孝之:よりカオスになっていくのは確実でしょうね(笑)。

喫茶店の会話には狙って書けないセリフがある

— 現在佳奈さんには、そんな歌舞伎町が舞台の虚実入り混じったコラム「山田佳奈の“徒然なるままに、新宿の片隅で人々は、”」を本サイトにて連載していただいています。ここまで書かれてみての感触は?

佳奈:わりと強めの球を早めに出しちゃったなって感じです(笑)。やっぱり自分の興味が、夜のお仕事とか、エッジの効いた方に向きがちなんだなと。でも同時に、この場所に古くから生活している方もいらっしゃると思うので、今後はそういった面もきちんと切り取りたいなと思っています。本当に異種格闘技の街なので、いろんな戦い方を知りたいですね。私はもともと人間が一番好きであるのと同時に、一番苦手でもあって、やっぱり興味があるのは、そんな人間を描くこと。例えば、頭はボサボサなのに、爪だけ綺麗な女性とかを見ると、その瞬間一気に感情が動いて。彼女がなぜそこにこだわるのか、どんな歴史があるのか、もしかしたら爪だけはいつもお母さんが整えてくれていたからなのか。そういったものから創作していくことが多いので、このコラムはその延長線上にあるのかもしれません。

孝之:Vol.1を読ませてもらいましたが、普通に面白かったです。

佳奈:恐縮です!

孝之:僕も昔一度本を書いたことがあって、その時の自分を思い出しました。喫茶店で聞き耳を立てる感じとか(笑)。楽しかったけど、あれは本当に大変だったな……。

佳奈:書くのって大変ですよね。

孝之:自分が作るなら、タイトルは『実録山田』かなって(笑)。

佳奈:すごいタイトル……(笑)。

孝之:それこそ虚実綯い交ぜ(ないまぜ)で、なにかあったことを膨らませて書こうと思って。その日の夢に見たことを7行くらいメモしておいて、それを数10ページに広げるとか。ただ気持ちが乗らない時や撮影期間は書けないので、結果出版するまでに4年かかりました。最後は10日間くらいホテルにこもって。でもちょうど『闇金ウシジマくん』の撮影中でもあったので、書いて、2時間くらい寝て、現場行って芝居して、また戻って書いてみたいなことを繰り返していたら、結果、人生で初めて入院しました(笑)。

佳奈:えっ! 過労ですか?

孝之:ストレスと睡眠不足で。でも書いている時は楽しかったんです。本として出版するのは大変ですけど、ちょっと文章を書いてみようってことであれば、もう少し気楽にまた出来るかもしれないですね。

— 脚本などの執筆時、佳奈さんは歌舞伎町を選ばれることが多いんですよね?

佳奈:正直作品によるんですけど、一時期めちゃめちゃ来てましたね。あと最近はこのコラムがあるので、いろんな喫茶店に行くようにしています。やっぱり一番話を聞きやすいのは喫茶店なので。自分ひとりだと周りを見るんですけど、相手がいるとその人との世界になるというか、周りに聞かれていようが気にしなくなる時間っていうのがあると思うんです。その瞬間に立ち会うのが、めちゃめちゃ面白くて。これは歌舞伎町ではないんですけど、ジムに行くか、行かないかで、ずっとケンカしているカップルを見たことがあるんです。

孝之:(笑)。

佳奈:「なんでジム行かないの? 痩せるって言ったじゃん」、「いや、昨日だから炭水化物抜いたじゃん」、「そうじゃないじゃん!」みたいな感じで熱くケンカしていて(笑)。でもその瞬間ってすごくドラマだし、セリフが面白いんですよね。狙って書けないセリフというか、私の大好物で(笑)。そういう場面に多く出会えるからこそ、やっぱり私は歌舞伎町が好きなんだろうなと。まぁなにを私は、隣の会話に聞き耳を立てるのに必死になっているのか?なんて思うことはよくありますけど(笑)。

孝之:いや、そういうのが一番面白いんですよ。

(『全裸監督』にまつわる逸話も……<後編>に続く)

山田孝之(やまだ たかゆき)

1983年10月20日生まれ。鹿児島県出身。99年デビュー。その高い演技力と圧倒的な存在感で、映画『電車男』『クローズZERO』、テレビドラマ『ちゅらさん』『WATER BOYS』『勇者ヨシヒコ』シリーズなど、数々のヒット作品に出演。人気コミックを映像化した『闇金ウシジマくん』は、ドラマが3シーズン、映画が4作製作されるまでの人気作に。またNetflixオリジナルシリーズ『全裸監督』では、AV業界の風雲児・村西とおる役に挑み、またも大きな話題を呼んだ。2019年に映画『デイアンドナイト』でプロデューサー、21年に『ゾッキ』で長編映画監督(竹中直人、齊藤工との共同監督)デビューも果たしている。現在、映画『はるヲうるひと』が全国公開中のほか、『全裸監督 シーズン2』が、6月24日よりNetflixにて独占配信スタート。

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山田佳奈(やまだ かな)

1985年4月6日生まれ。神奈川県出身。レコード会社のプロモーターを経て、2010年、劇団「☐字ック」を旗揚げ。ライフスタイルが自由化された現代社会においてのコミュニケーション欠如や、大人になりきれない年齢不相応な自我に対して葛藤する人間を描く。2020年の劇団10周年に、所属俳優を持たずに山田佳奈作品の舞台制作を行う場として単身新体制になる。また劇団前期代表作である『タイトル、拒絶』を初長編映画として自ら監督。大きな話題となったほか、Netflixオリジナルシリーズ『全裸監督』の脚本なども手がける。36人の監督による短編映画制作プロジェクト『MIRRORLIAR FILMS』に参加、2021年に全国公開される予定。初の書き下ろし小説『されど家族、あらがえど家族、だから家族は』(双葉社)が発売中。

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photo:平岩亨
hair & Make(山田佳奈):小川智子
edit & text:野上瑠美子

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